2015年09月10日

【二日に一本てのひら百合】2015.09.10 二日に一度、白百合の花を



 ビーチェのもとに白百合が届くようになって二月半になる。頻度はきっかり二日に一度で、概ね生花の花束だが、稀に百合の意匠の装飾具であったり、小さな絵画であったりすることもあった。贈り主はわかっていて、ビーチェのファンを名乗る女からであった。会ったことはなく、そう書かれた手紙が最初に添えてあったのだ。
 ビーチェは女優である。現在イタリアで食傷するほど溢れるB級以下の娯楽映画の常連女優だ。スクリーンでの役割といえば裸を晒すかベッドで喘ぐか血糊まみれで目を見開いて惨たらしく殺されるかといったところが大半で、高価なプレゼントを絶え間なく贈り続ける同性のファンが出来るなどとは、にわかに信じがたいことだった。実際ビーチェはこの白百合の女の存在に懐疑的である。そもそもフィルムの中で散々裸体を見せつけ性と血をまき散らしている自分に純血の象徴を送り付け続けるのだから、手の込んだ嫌がらせにしか思えないのだ。それとも対象を勝手に神聖化する類だろうか。どちらにしろ気持ちのよい存在ではない。
 それでも送られてくる花に罪はなく、ビーチェの部屋は常に百合の花で溢れかえっていた。
 百合の花が届くようになってちょうど三月めの夜、ビーチェの元に電話があった。ジリジリとがなりたてる電話機を掴み寄せ、ベッドに寝転がったまま受話器をとったビーチェは、聞こえた女の声に記憶の端をくすぐられた。あまり思い出したい声ではなく、しかもそのうえ、その声は自分を百合の花を送っているファンだと名乗った。
「どういうつもりなの、ソフィア」
 ビーチェは不機嫌な声で、そうかつての恋人の名を呼んだ。女は受話器の向こうで少し沈黙し、それを否定しなかった。
『……貴女を応援してるのよ、ビーチェ』
 もう何年ぶりだろうか。愛しさも懐かしさもないと思いながら、ビーチェはサイドテーブルから煙草を取って口に咥えた。
「ありがとう。応援ってどういう意味かしら」
『貴女が、貴女が成功するように祈ることよ、ビーチェ』
 電話口の声はおどおどと神経質そうで、それでいて頑なさが滲むものだった。
「成功ってどういうこと? 私、成功してないかしら」
 ライターで煙草に火をつけながら、ビーチェは思わずひっそりと自嘲的に笑う。世間的には、確かに成功なんてしていないだろう。しかしだ。
「なんだかんだ、仕事は途切れずあるわ。食べていけてる。演技の仕事で食べてられるのよ? これが成功でなくてなに?」
 用を成したライターを音を立ててサイドテーブルに置く。ガチンという派手な音に一瞬電話の向こうで怯んだような気配がする。
「フェリーニやヴィスコンティの映画に出てればいいってことね。何十人何百人のエキストラの一人? 確かに栄光のど真ん中ね」
『ビーチェ、怒らないで……そんなふうに斜に構えるのはやめて』
「怒ってないわ」
 面倒臭いだけ。
『ビーチェ、私は本当に貴女のために、貴女のために祈って……、貴女の成功と幸福を祈ってるのよ、いつも』
 昔と同じだとビーチェは思う。貴女のためだ貴女のことを考えていると繰り返しながら、実際にはこちらの望みも価値観も在り方もなにひとつ見てはいない。
 フィルムに閉じ込められた人々の姿は不変だと言われ、そしてそれは素晴らしいことだと謳われるが、しかし現実を生きる人間だってなにも変わりはしないではないか。ビーチェは不愉快な気持ちで煙草の煙を吐き出した。
「ありがとう。それならこれからも花を送ってちょうだい。花だけでいいわ。アクセサリーは趣味に合わないから。手紙もカードもいらないわ、もう贈り主はわかってるから」
 そう言ってビーチェは相手の返事を待たずに電話を切ろうとし、しかし思い直したように言葉をつなげた。
「なぜ二日に一度だったの?」
『毎日じゃ、花が溢れてしまうと思って……貴女は完全に萎れてしまうまで花を捨てることの出来ないひとだから』
「一日置きでだって充分溢れてるわよ、バカね」
 ビーチェは最後にようやく少しだけ笑う気分になって、受話器を置いた。
 紫煙と白百合の甘ったるく青臭い匂いが混じり合い肺を満たす。
 変わるも変わらぬもそこらじゅうに在り、ビーチェの部屋にも罪なく美しくそして代わり映えのしない白百合の花が枯れるまで咲き溢れ続けるのだ。

タグ:創作 百合
posted by 伊西殻 at 19:55| 【二日に一本てのひら百合】