2015年09月02日

【二日に一本てのひら百合】2015.09.02 試着室のおなか2


 1


 扇風機をガーガーかけながら、わたしはTシャツをまくって、自分のおなかを撫でる。
「ねぇ、ちょっと、ちょっとだけさぁ、引き締まってきた感じ……しない?」
 ぽよぽよの手触りを噛み締めながら、それでも私は優樹菜に同意を求める。ミネラルウォーターのボトルにストローを突っ込む優樹菜が振り向いて覗きに来る。
「うーん。ちょっとはね」
「えっ」
 わたしは驚いて思わず優樹菜の顔を見上げる。ジムに通ったり家で腹筋をしたり、あの試着で現実を目の当たりにして以来色々やってはいるけど、なんせ数日しか経ってないし、そもそも体力も根性もあんまりないし、正直言ってまだ効果は全然出ていない。見ればわかる。そして優樹菜は、気休めのお世辞や慰めを言うタイプじゃ絶対にない。
「どうしたの優樹菜……変わってないじゃんどう見ても」
「聞いといてなんだよ……」
 優樹菜はなぜかほんの少し決まりの悪そうなぶすくれ顔をして、ストローで水を吸う。
「今までに比べたら、ほんのちょっとは締まったような気がしただけだよ」
「そっかなぁ。じゃあがんばるね」
 わたしは床に寝転がる。脚を上げて身体を捻って腹筋運動。優樹菜は隣でテレビの前にあぐらをかく。そっぽを向くような向きなのに、微妙にこっちをちらちら見てくる。優樹菜がこんなふうなのは、珍しい。

 腹筋でかいた一汗を流したお風呂から上がり、優樹菜がやっぱりあぐらをかいて座っているベッドにわたしも腰掛ける。
「優樹菜さぁ、気になってることあったら教えてね」
 わしゃわしゃ髪を拭きながら、わたしは優樹菜に声だけかけた。
「気になってることなんて別に」
「だってなんか変だもん。もやもやすんのやだしさーヤでしょお互い」
 返事が返ってこないので、わたしは優樹菜を見た。
 彼女は怒った顔でも落ち込む顔でもなんでもなく、とても恥ずかしそうな真っ赤な顔をしていた。強いて言うなら少し悲しそうでもあった。
「えっ、えー」
 わたしはそれこそ今までにないくらいびっくりして、ベッドに這い上がって優樹菜の顔を両手で掴む。
「なっ、なにっ、どうしたの? 優樹菜どうしたの?」
「い、言えないよ、こんなことさぁ……」
「なに? なんなの? まじでどうしたの! なんかよくないことなの? やだー! 気になるよ! 優樹菜がヘン! ホント言ってホント言っておねがい」
「い、言う、言うから、手離してよ」
 優樹菜を掴んでいた手を言われた通り離して、わたしたちは向き合って座る。
「だから、その、アンタのおなかがさぁ」
 一言ごとに優樹菜の背中は丸まって、
「アタシ、その、アンタのおなかが」
 顔もどんどん俯いて、髪の毛で表情もなにも見えなくなる。
「す、好きで」
「は?」
 わたしは間抜けた声を出して、這いつくばるようにしながら優樹菜の顔をなんとか覗き込む。
「だっ、だからさぁ! アンタのおなかすべすべだし柔らかいしもちもちしててアタシ超好きでさぁ! でもアンタが気にしてるの知ってるからあんまり触ったりするのも悪いじゃんって思うから触れなくて我慢してて、なのにアンタ痩せるとか言い出すし、けどアンタが痩せたいって言ってるのにアタシが痩せるなっていう権利なんてないじゃんアンタの身体なんだし、けど」
 いつもクールで理路整然って感じの優樹菜が、こんなふうにわーっと喋るのをわたしは初めて聞いた。
「けど、ちょっと寂しいって思うくらい」
 見上げてる先の優樹菜の顔は相変わらず真っ赤で、そこに恥ずかし涙が浮かんできていて。
「ちょっとさみしいって思うくらい、仕方ないじゃんか、バカー」
 まるでこの間わたしが試着室の鏡の中に見た自分の顔みたいな顔を、優樹菜もしていた。
 わたしも軽くパニックになっていたので、なにをしてなにを喋ったかあんまり覚えていない。恥ずかしさとかときめきとかちょっとしたムカつきとか色んな感情で真っ白になった頭で、たぶん顔は真っ赤にしながら、優樹菜の顔をまた掴んでひたすらバカバカとかなんとか言ってた気がする。
 ふたりして冷静になったとき、わたしは優樹菜の膝の上に座って肩に腕を回してヘッドロックでもきめるような姿勢で彼女を抱き寄せていた。
「……取り敢えず、わたし、痩せるのは痩せるから」
「……うん。朝とかさ、ウォーキングでも行かない? つきあう」
「行く。あと食事もなんか一緒に考えて。優樹菜詳しいでしょ」
「うん。慣れてきたらちょっとキツめのトレーニング入れたらいいよ」
「がんばる。……それでね」
 わたしはぐりぐりと優樹菜のこめかみに額を押し付ける。
「痩せるまでの間なら、おなか、好きに触っていいから」
 距離が近すぎて逆によく見えないけど、優樹菜の顔が一瞬の間をおいて、すごく緩んだ。罪悪感混じりという感じの下がり眉だったけど、恥ずかしそうに嬉しそうに顔を赤くして、えへへ、と笑った。
「だからそんな優樹菜今まで見たことないよ! バカぁ!」
 かわいさと自分のおなかへのヤキモチを込めて、わたしは優樹菜を締め上げるくらいに抱きしめる。

タグ:創作 百合
posted by 伊西殻 at 20:05| 【二日に一本てのひら百合】