2015年08月25日

【二日に一本てのひら百合】2015.08.25 思い遣りの晩餐



 照明は抑えめだが大きくきらびやかなシャンデリア、暗赤色のカーペット、統一感のある調度品、重厚な暖炉。それらがすべて絵に描いたように揃う古典的で豪奢なダイニングルーム、その中央にある長いテーブル、掛かる真っ白なクロスの上に、皿も花も蝋燭も並ぶ。テーブルの端と端には、二人の女がいる。
 石製のマントルピースを背に構えるのは肥った四、五十の女だ。緩く波打つ艶やかなブルネットの髪を首の付根でひとつに縛り、黒い花の髪飾りで留める。鼻は大きく、目は黒く鋭く、たるんだ顎に囲まれる口元はしかし厳しく引き締められている。
 テーブル分の距離を隔てた向こうに座るのも、やはり四、五十の中年女だ。細身で背はおそらく高く、くすんでいるが真っ直ぐ滑らかに整った肩までのブロンドを持つ。口紅は控えめなベージュ色、穏やかそうな顔立ちではあるものの、濃いアイシャドウの下の双眸は肥った女と同じ光を宿している。
 身に纏っているのはどちらも仕立ての上等な黒のスーツだった。
「あなた、また肥ったんじゃない」
 ワイングラスにまだ唇が近いうちに、細身の女が言った。肥った女はちぎってオイルソースに浸したパンを口に放り込みながら肩をすくめて小刻みに首を横に振る。
「どうだか知るもんですか、そんなこと。誰がやるっていうの、体重計に乗るなんて」
「病気になるわ」
 唇辺だけに浮かべる笑みのまま、半ばからかうような声音で痩せた女が言う。肥った女は派手に鼻を鳴らして笑う。
「我々の稼業で健康と長生きの心配をする必要がある? 我々の父が、母が、祖父が、シチリアの島にいた頃からそんなことは変わらないわ。ナポリ者のお前は違うのかしらね」
「病で起き上がることすらできなくなって、血の気しか能のない若い連中にせせら笑われながら全てを奪われてもいいと言うのなら、それでもいいけれど」
 ブロンドの女は薄ら笑いを変えずに深い色の葡萄を一粒摘んで唇で食み、口内へ転がし含ませる。
 ブルネットの女は眉間に皺を刻み、ワインを一気に飲み干してから吐き捨てる。
「馬鹿馬鹿しい話」
「でしょう?」
「お前の喩え話がよ。私がそうなることをお前が気にする必要がどこに? 吐くなら正直な話だけにして」
 苦々しい顔の肥った女に対し、痩せた女はすました様子でナプキンを取り口元を拭う。
「病気で勝手に死なれちゃ私にはどうしようもないでしょうよ。健康でいてくれたら、私はしぶといあなたを始末するためにあれこれ企むことができる。それが数少ない老後の楽しみなのよ」
 肥った女も少し乱雑に口を拭い、放るようにナプキンをテーブルに置く。無言のまま、頬は笑いによって左右歪に歪んでいる。
「そのうちに、今度は私が晩餐会に招待するわ」痩せた女は言いながら席を立つ。「とびきりヘルシーなディナーを用意しましょう。それまで塩分とカロリーには気をつけていて」
 肥った女は目を伏せ、顎を数度ゆっくり縦に揺らす。
「お前こそ、モレッティ(※ウィリー・モレッティ)にならないように気をつけなさい」
 晩餐の終わり。どちらの女も、薄めた唇に笑みを深く刻んだままでいる。

タグ:創作 百合
posted by 伊西殻 at 19:53| 【二日に一本てのひら百合】