2015年08月19日

【二日に一本てのひら百合】2015.08.19 冷蔵庫の音



 真っ暗で静かな部屋の中で、ブーと低い音が鳴り続けている。ワンルームの小さな部屋だから、布団と同じ空間に古くて安い冷蔵庫があって、それが唸ってる。私はそれほど神経質じゃないし、もう慣れたし、普段は気にもならないけど、眠りを邪魔されるときだってある。
 タオルケットを口元まで被ったまま、枕元にある蚊取りマットの小さな電源ランプを見つめる。その緑が唯一の光源なので、やけに明るく見える。
 眠れない。
 寝返りを打ちたいけど、打ち辛い。
 振動するような冷蔵庫の音ばかり耳についていらいらする。私の後ろでほんの微かにする寝息にも、少しいらいらする。
 私は強く目を閉じて、その目をごしごしこすって、電源ランプの残像を消してから、寝床を抜けだした。
 タオルケットを背中にかけたままずるずる引きずって、冷蔵庫まで這う。扉に手をかけて、ちょっとだけ迷ってから、やっぱり開ける。ほんのりオレンジ色の光、それから生活臭。中に並ぶ食材や、ペットボトルに小分けしたお茶や、夕食の残り。私はチョコレートの箱を取る。少しだけ上等な個包装のチョコレート。箱から一枚取って、手早く包装をぺりぺり剥がして、薄い真四角のチョコを口に放り込む。追加でもうニ枚取って、口の中でひんやり甘いチョコを溶かしているうちに呼び水になって我慢ができなくなってさらに三枚取る。ようやく冷蔵庫を閉める。扉に額を押し付けて、二枚目を食べる。甘くておいしい。チョコは大好きだ。三枚目を剥きかけたとき、もそもそと彼女が起きる気配と音がした。私は姿勢を変えず俯いたまま、三枚目を噛む。
「なに食べてるの」
 彼女は私のすぐ後ろまで近づいてきて、私の手元を覗きこむ。
「チョコか」
 私が答える前に、たぶん匂いで彼女が言い当てる。
「……食べる?」
「……うん」
 包装紙を半分だけ剥いて、チョコを一枚彼女に手渡す。包装紙を剥いてしまう音と、硬いチョコが彼女の口に入るカコンという音がする。
「冷えたチョコっておいしい」彼女が言う。
「うん」私が答える。
「こんな時間のチョコって、罪悪感あっておいしい」彼女が笑う。
「うん」私も笑う。
 チョコのおいしさで自分の機嫌が直っていたのに私は気づく。冷蔵庫の前にいるのに、その音はもう聞こえない。
 喧嘩が終わって、あとはきっとよく眠れる。

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posted by 伊西殻 at 20:33| 【二日に一本てのひら百合】