2015年08月17日

【二日に一本てのひら百合】2015.08.17 外面如菩薩内心如夜叉



 猫のように背中を丸め、だらしなく開いた脚を伸ばし、キセルめかして絵筆を咥えて、女浮世絵師のマサは長屋前の縁台に座る。お天道様がカンカンと焼くひょろりとした両脛を、白い団扇でハタハタ扇ぐ。そこへまだ若い若い町の娘が、吾妻下駄をカラコロ鳴らして駆け寄ってくる。
「ちょいとおマサさんっ。またそンなところでポケぇっとしてっ」
「アァ、うるせぇ、うるせぇ。……」
 マサは娘の顔もろくに見ぬまま、扇ぐ団扇を娘に向ける。追い払うようでもあるし、顔いっぱいに汗をかく娘に風を送ってやっているようでもある。娘の名は清《きよ》という。
「おとっつぁんがこのお天道様みたいにカンカンよ、マサさんがいつまで経っても頼んだ絵を描いてくれやしないってっ」
「このお天道様のおかげで、手持ちの墨がすっかり全部乾いて砕けちまったんだ」
 咥え絵筆をゆらゆら揺らすマサの手から、清が団扇を引ったくる。
「うそばっかりっ。清は知ってるんだから。おマサさんは女に捨てられて腑抜けになって線の一本も引けなくなったのよ」
 清の両目はきりきりと吊り上がり、マサの両目はすぅっと細まる。
「なんでぇ、知ったようなクチを、ききやがる、……」
「フン」
 顔をゆっくり背けるマサの隣に、清はとすんと腰を下ろす。そうして団扇でマサの膝を何度も叩く。
「いい、おマサさん。お前さませっかく腕のおよろしい絵師だっていうのに。たちの悪い女に入れ込むんだからよくない」
 まだほんの小娘である清の口ぶりは、まるで大店の女将さんである。
「ほら、あの、ナンですっけ、……そうそう、外面如菩薩内心如夜叉って言うじゃありません。女はね、もう皆そういうものだと思って、近寄らないことにしたらどうなの」
「外面如菩薩、内心如夜叉、か」
 汗を拭うのかなにを拭うのか、マサは片手のひらで顔をすっかり覆って撫で下ろしながらぼそりと零した。それから清が握る団扇を静かに手元に取り返す。
「ま、ちげぇねぇ」
 口に咥えていた筆をようやく手に持ち替え、墨の乾いた毛先を舐めて、白い団扇の両面にさらさらなにやら描きつける。
「なにをお描きなの」
「遅れの詫び賃だ、おめぇの似顔」
 清は面食らった顔でぱちぱちと瞬きをし、少し照れた様な頬の緩みを吊り上げた眉で隠しながら、その団扇を覗きこむ。
 表には夜叉の顔。裏を返しても夜叉の顔。
「外面如夜叉の、内心如夜叉ってぇところかねぇ」
「チョットっ、コノっ」
「いいじゃあねぇか」
 真赤になって怒鳴る清に、マサは悪びれず謝らず優しい面でうっすら笑う。
「どっから見ても変わらねぇ、筋の通ったイイ女ってことヨ」

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posted by 伊西殻 at 19:58| 【二日に一本てのひら百合】